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徳川家康の好きな食べ物とは? 長生きを支えた静岡の食材と天下統一の秘密を探る安倍奥の旅
2025年3月13日
戦国の世を生き抜き、75歳という当時としては驚異的な長寿を全うした徳川家康。
その秘訣の一つが健康を意識した食生活で、家康は食材を厳選して体に良い食事を心がけていたと伝えられています。

徳川家康は、「食は医なり」つまり食事こそが健康を左右するという考えのもと、シンプルな食事を基本としながらも、麦飯や豆味噌、山芋(自然薯)、豆腐など栄養価の高い食材を積極的に取り入れていました。

家康は大御所となった後、駿府城(現在の静岡市)で隠居生活を送りました。この地は温暖な気候と豊かな自然に富み、食材にも恵まれた土地です。
特に、安倍奥の山葵(わさび)、静岡本山茶、あさはた(麻機)蓮根、桜海老などは、静岡市の豊かな風土と結びつきが強く、家康とも深い関わりをもつ食材として知られています。


これらの食材が家康に重宝された当時、背景にはどのようなエピソードがあったのか、それぞれの歴史を紐解いてみましょう。
徳川家康が珍重した安倍奥の山葵の歴史とは?
静岡市北部の山間地・安倍奥エリアにある有東木(うとうぎ)は、日本で初めての山葵栽培発祥の地として知られています。

江戸時代初頭、地元の農民が山間部の清流を利用して試験的に栽培を始めたところ、この地域の冷涼な気候と豊富な湧き水が山葵の生育に適していることが判明したのです。

この有東木の山葵が家康へ献上され、大変気に入られたことで、門外不出の貴重な食材として扱うよう命じたそうです。さらに興味深いことに、徳川家の家紋「三つ葉葵」は、山葵の葉の形にも似ており、家康にとって山葵は単なる食材以上の特別な意味を持っていたとも言われています。

有東木に建てられたこの記念石碑にも、以下のような記述があります。

【記念碑より引用】
“慶長十二年七月(1607年)駿府城に入城した大御所徳川家康公に山葵を献上したところその珍味のほどに天下の逸品と嘉賞し、ついに有東木から門外不出のご法度品とした。また徳川家の家紋が葵の紋であったことから、ことさら珍重したと言われている。”
葵の家紋は、古くから神聖なものとされ、権威の象徴として使われてきました。家康がこの葵紋を掲げ、山葵の葉がその形状と似ていることから、「葵の御紋」と重なる縁起の良い食材として特別視されたと考えるのが自然でしょう。

安倍奥で山葵が育てられている有東木周辺エリアは、南アルプスからのミネラル豊富な湧き水が流れる標高500~1,000mの山間部です。
この地域の冷涼な気候と清らかな水は、山葵の成長に最適な条件を備えており、一般的な山葵と比べてもその特徴が際立ちます。
●香りが強く、深みのある辛味がある。
●表面が滑らかで、すりおろすときめ細かいペースト状になる。
●甘みと旨みが調和し、刺身や寿司だけでなく、肉料理や調味料としても最適。
家康が重宝した山葵を楽しむなら、ぜひ現地へ足を運んでみましょう。

✅当旅館は、有東木地区から北方面へ車で約20分、安倍奥最北端の地「梅ヶ島温泉郷」の玄関口にある「梅ヶ島コンヤ温泉・大野木荘」です。


地元の山の幸を中心とした料理に安倍奥の山葵を合わせ、その奥深い味わいを最大限に感じてもらえる和食の創作コース料理をお楽しみください。
徳川家康が縁起物として重宝した麻機蓮根と桜海老
静岡市の特産品であるあさはた(麻機)蓮根と桜海老は、いずれも徳川家康にゆかりのある食材として知られています。家康は健康を重視した食生活を送り、栄養価の高い食材を積極的に取り入れていましたが、これらも例外ではありません。
■あさはた蓮根
家康が戦場でも重宝した滋養食
麻機蓮根は、静岡市葵区の麻機地区で栽培される粘り気の強い蓮根です。静岡の肥沃な土壌と清らかな水によって育てられ、強い粘りとモチモチとした食感が特徴です。
家康は蓮根を「滋養強壮に優れた食材」として認識しており、特に戦場では必需品でした。蓮根にはビタミンCや食物繊維、鉄分が豊富に含まれ、風邪予防や疲労回復に役立つため、長期間の戦いに備えて武士たちの兵糧にも利用されました。

特にあさはた蓮根のように粘りが強い品種は「粘り強く生きる」という意味を持ち、縁起の良い食材として重宝されました。家康の「耐え忍ぶ」精神と、あさはた蓮根の力強い粘りは、まさに共通するものがあったのかもしれません。
■桜海老
家康の命を救った伝説の海産物
駿河湾の名産として知られる桜海老は、日本国内では静岡県(駿河湾)のみで漁獲される希少な海産物です。春と秋に漁が行われ、透き通るような美しい紅色と甘みのある味わいが特徴です。
この桜海老には、徳川家康の命を救った逸話が残されています。

家康がまだ三河の武将だった頃、戦での長旅の最中に体調を崩し、食欲を失ってしまったことがありました。その際、駿河湾の漁師が献上したのが、干した桜海老を煎じた汁でした。

海老には高タンパク質と豊富なミネラルが含まれ、疲労回復に効果的であったため、家康はこれを口にして体力を回復させ、再び戦に挑むことができたと伝えられています。
また、江戸幕府が開かれた後も、桜海老は「長寿をもたらす食材」として珍重され、将軍家に献上されることがあったとされています。家康は特に「桜海老は長寿の象徴」と考えており、腰が曲がるまで生きるという意味で縁起の良い食材とされました。
✅当旅館「梅ヶ島コンヤ温泉・大野木荘」にて、あさはた蓮根と桜海老を使ったお料理です。

蓮根しんじょうに桜海老のあんかけ、そこに菜花をそえました。あさはた蓮根の収穫シーズン(秋〜冬頃)限定となる旬の一品です。
徳川家康の大好物・天ぷらと山の幸は相性がいい
戦国時代を生き抜き、健康を重視した食生活を送っていた徳川家康ですが、実は天ぷらが大好物だったというエピソードが残っています。晩年、家康は駿府城(現在の静岡市)で隠居生活を送りながら、頻繁に天ぷらを楽しんでいたとされています。

当時、家康は鯛の天ぷらを食べすぎたことが原因で体調を崩したという説がありますが、山菜のような山の幸を使った天ぷらなら、油で揚げても軽い食感で、食べやすい料理として現代でも人気があります。
■安倍奥の山菜天ぷら
家康もきっと味わっていた山の恵み
家康が隠居していた駿府の北部、特に有東木周辺から梅ヶ島までは標高が高く、自然が豊かな地域です。ここでは、春になるとタラの芽、コシアブラ、ふきのとう、ワラビなどの山菜が採れます。

これらの山菜は、独特のほろ苦さと爽やかな香り を持ち、天ぷらにすることで程よい甘みが引き出されます。特に、タラの芽とコシアブラは「山菜の王様・女王様」とも呼ばれ、天ぷらにするとサクサクとした食感と風味豊かな味わいが楽しめます。
■意外な名物!干し柿の天ぷら
リピーター様も唸る意外な一品

家康の好物として知られる干し柿も、実は天ぷらにして楽しむことができます。当旅館では、干し柿にクリームチーズを挟み揚げにして、甘みと爽やかな塩味が融合した一品です。

干し柿はもともと、家康が滋養強壮に良い食品として愛用していた果物のひとつです。糖度が高く、栄養価も豊富な干し柿は、そのまま食べるだけでなく、天ぷらにすることで外はサクッと、中はトロッとした甘みを楽しめる一品になります。
■家康の家紋パスタ
令和版・家康のてんぷらコンテスト入賞料理
静岡県で開催された、家康にちなんだ料理コンテストにてグランプリを受賞した料理です。
当旅館より出品した「家康の家紋パスタ」は、山葵を中心に静岡の名産品を活かしながら、家康の家紋「三つ葉葵」を天ぷらで表現したオリジナルメニューです。

このパスタには、以下の静岡産食材がふんだんに使われています。
●山葵の葉の天ぷらで家康の「葵の御紋」を表現
●駿河湾の粗塩で茹でたフェデリーニ(細めのパスタ)
●梅ヶ島産「世界農業遺産の山葵」
●梅ヶ島産の無農薬茶葉を長時間醗酵させた「醗酵茶ほろに」
この料理は、静岡の風土を感じられるヘルシーな一品であり、腸活にも良いとされるパスタです。戦国時代にはなかったパスタですが、もし家康が現代に生きていたら、健康のために好んで食べていたかもしれません。
徳川家康が愛した静岡茶のルーツ・本山茶の最北端の地「梅ヶ島」
徳川家康が愛した静岡茶のルーツとされる本山茶(ほんやまちゃ)。その始まりは、静岡市北部に広がる安倍奥・足久保エリアにあります。

足久保は、日本における静岡茶栽培発祥の地の一つとされ、戦国時代から茶の生産が行われていました。この地で栽培された茶葉は、家康のもとにも献上され、「天下人の茶」として珍重されました。
本山茶の産地は、安倍川の流域に広がっており、その最北端に位置するのが梅ヶ島です。

標高800~1,000mの山間地で育まれる本山茶は、昼夜の寒暖差が大きい環境と清らかな湧き水の恵みを受け、濃厚な旨みと爽やかな香りを持つ茶葉へと育ちます。

家康は健康を重視し、日常的に静岡茶を飲んでいたと伝えられています。実際に、静岡茶には抗酸化作用のあるカテキンや、リラックス効果をもたらすテアニンが豊富に含まれ、健康維持や長寿に適した飲み物であることは周知の事実です。
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歴史と自然が交差する安倍奥最北端の地・梅ヶ島で、家康の時代から受け継がれる本山茶を楽しみながら、温泉でくつろぐ至福のひとときを。
ぜひ一度、梅ヶ島へ足を運んでみてください。
